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「会社に行きたくない」と思いながら、それでも電車に乗っている朝。
そういう朝が続いている人は、思っている以上に多いんじゃないかと思います。
私自身、看護師時代に夜勤明けで「今日もまた行くのか…」と感じていた日があったし、産業保健師として働いていた時は、その「行きたくない」を抱えた人たちと、毎日のように面談で向き合っていました。
今日書きたいのは、産業保健師時代に出会ったある部長さんの話です。
家を出たのに、会社に行けなくなって、公園にいた人。
あの日のことは今でも頭の片隅に残っていて、「あの時、私は保健師として何ができたんだろう」と、ふと考えてしまいます。
あの頃の私の仕事は、「休んでいる人」と話すこと
前回の記事でも少し触れましたが、私は健診機関の次に、IT系企業の健康管理室に転職して産業保健師になりました。
駅前のオフィスビルに通って、社員の健康相談に乗ったり、休職している方の産業医面談を調整したり。「ちょっとバリキャリ気分♡」みたいな感覚もあって、当時の私は、新しい環境を素直に楽しんでいたと思います。
ただ、そのIT企業はいわゆる職種柄なのか、精神疾患で休んでいる方が常に5〜8人くらいいました。
健康管理室にいる私のところには、総務から「この人、最近様子がおかしいんですけど…」「無断欠勤が続いていて連絡もつかないんです」みたいな相談が、ぽつぽつ入ってきます。
そういう時に話を聞きに行くのが、産業保健師の仕事のひとつでした。
でも、本当に難しかったのはここからです。
「家を出たんですけど、行きたくなくなっちゃって、公園にいました」
ある日、総務から相談を受けたケースがありました。
無断欠勤が続いている、ある部長さん。年齢は、ちょうど私の父親と同世代。会社の中ではそれなりに役職もあって、部下も持っている立場の方でした。
「ちょっと話を聞いてもらえないか」と言われて、面談の場をセッティングしてもらった日。
私の前に座った部長さんは、見るからに疲れていました。
ぽつり、ぽつり、と話してくれた言葉の中に、こんな一言がありました。
「家は出たんだけど、行きたくなくなっちゃって、公園にいました」
朝、いつも通りに支度をして、家を出る。会社に向かおうとする。でも途中で足が止まってしまって、近くの公園のベンチに座っていた、と。
私はその瞬間、なんと言葉を返したのか、正直あまり覚えていません。
ただ、頭の中ではぐるぐる、いろんなことを考えていました。
- お父さんと同じ年代の人に、私から何を言えばいいんだろう
- 「しっかりしてください」なんて言葉は、絶対に違う
- ご家族はこの状況を知っているんだろうか
- 朝、家を出ているということは、会社に行こうとしている自分も、まだ残っている
「しっかりしてください」とは、言えなかった
産業保健師として、そして年下の女性として、私は**「しっかりしてください」と部長さんに言うことはできませんでした**。
立場的にも、人としても、それは違うとはっきり感じていた。
代わりに私がやったのは、精神科の受診を勧めることでした。
「お話を聞かせてくれてありがとうございます。一度、専門の先生にも相談してみませんか」
そんな感じだったと思います。具体的なクリニックの情報を渡して、産業医とも連携して、というところまでが、その時の私にできた精一杯でした。
そしてその後、その部長さんがどうなったのか、私は知りません。
私自身が産業保健師として働いていたのは1年で、その後別の道へ進んでしまったから。職場を離れた今、追いかける手段もなくて、結末を知らないまま、あの面談だけが記憶に残っています。
「あの時、私は何ができたんだろう」と、今でも考える
時々、ふとした瞬間に、あの日の部長さんの顔が浮かびます。
地域包括支援センターで働いている今、私は90代の独居の方や、認知症が進んだご本人やご家族と話す機会がたくさんあります。「最期はどう生きていきたいか」を一緒に考えるような場面もある。
その中で、ふと「あの部長さん、その後、生きているのかな」と思ったりすることがあるんです。
無事に治療につながって、復職したのか。それとも、どこかでもっとつらい結末を迎えてしまったのか。
私には知る術がない。
知る術がないからこそ、「あの時、もっとできることはなかったのか」という問いが、ずっと私の中に残り続けているんだと思います。
振り返ると、私にできたのは「ゆっくり話を聞くこと」だけだった
正直に言うと、当時の私は経験も浅くて、産業保健師としての手札も少なかった。
精神科受診を勧める。産業医につなぐ。総務と情報共有する。やったことを並べると、それくらいしかありません。
でも、今になって思うのは、
あの面談で部長さんが「公園にいた」と話してくれたこと自体、けっこう大きなことだったんじゃないかということです。
会社に行けない自分を、誰にも言えずに抱えていた人が、私の前で、その事実を口に出してくれた。
そこに至るまでに、私が特別なテクニックを使ったわけじゃありません。ただ、否定せずに、急かさずに、相手のペースで話を聞こうとしていただけ。
産業保健師時代に身についたスキルがひとつだけあるとしたら、それは**「相手のペースで、ゆっくり話を聞く」**こと、だったと思っています。
地域包括で働いている今の私の、一番の土台になっている関わり方は、間違いなくあの時期に作られたものです。
もし「会社に行きたくない朝」が続いているあなたへ
ここまで読んでくれた方の中に、もしかしたら、あの部長さんに近い気持ちでこの記事を読んでいる人もいるかもしれません。
家は出るけれど、会社まで足が向かない。途中の駅で降りてしまう。カフェで時間をつぶしてしまう。公園のベンチに座ってしまう。
そういう朝が、何日も続いている。
医療的なアドバイスとしては言い切れないので、断定はできません。ただ、保健師として、ひとつだけお伝えしたいことがあります。
家族でも、信頼できる友人でも、会社の産業保健師や産業医でも、地域の保健センターでも、心療内科や精神科でも。
話せる相手は、自分が思っているよりも、いる可能性があります。
私の場合は、「相談された側」だったから言えること
私はあの時、「相談された側」でした。
だからこそ言えるのは、話してくれた瞬間に、相手を責める保健師は(少なくとも私の周りには)いなかったということ。
「なんでもっと早く来なかったの」とか「しっかりしないとダメですよ」みたいな言葉は、産業保健師の研修でも、現場でも、ほぼ聞いたことがありません。
もちろん人によって温度差はあると思います。でも、話を聞くことを仕事にしている人は、「話してくれてありがとう」というスタンスでいることが多いはずです。
だから、もし会社の保健室や産業医面談に行くことを迷っているなら、その一歩は、思っているほど怖いものじゃないかもしれません。
今日からできる、小さな1つ
もし、毎朝「会社に行きたくない」が続いていて、誰にも言えずにいるなら。
今日できる小さな1つとして、**「自分の今の状態をメモに書いてみる」**のはどうかな、と思います。
- いつから、行きたくないという気持ちがあるか
- 朝、どんな体調か(眠れているか、食欲はあるか)
- 会社のどんな場面が、特にしんどいか
紙でも、スマホのメモでもいい。
書いてみると、自分の中で「あ、思っていたよりしんどいかも」と気づくこともあるし、もし誰かに相談する時に、そのメモがあるだけで話しやすくなる。
私が産業保健師として面談していた時も、メモを持ってきてくれる方は、自分の状態を整理できている分、対話がスムーズに進むことが多かった気がします。
次回は、産業保健師時代にお世話になっていた支社総務の上司が「腸が破裂した」と倒れた話を書こうと思います。その時の私は、看護職なのに何もできなくて、自分の無力さを痛感した。そこから「もう一度、看護師に戻ろう」と決めた転機の話です。
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