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産業保健師に転職してみた。IT企業の健康管理室でリアルに感じたこと

産業保健師に転職してみた。IT企業の健康管理室でリアルに感じたこと

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目次

産業保健師って、ちょっと気になる存在じゃないですか?

「夜勤なし」 「土日祝休み」 「スーツで働く」 SNSで見かけるキラキラしたイメージと、でも実際どうなの、というモヤモヤ。そのリアルが知りたくて検索しているあなたへ、私が1年働いてみてリアルに感じたことを全部話します。

正直に言うと、産業保健師の世界には「思ってたのと違う」部分もあったし、「これは本当によかった」と思える部分もあった。どちらもごまかさず書くので、最後まで読んでもらえたらうれしいです。


「かっこいい」という動機で飛び込んだ、IT企業の健康管理室

私が産業保健師に転職したのは、健診機関で1年半働いた後のこと。

当時の私は新卒から特定保健指導の立ち上げに関わっていて、毎日が楽しかったです。外部の業者さんが来てシステムの操作を教えてくれたり、職員相手にデモで保健指導をやったり。少しずつ仕組みが形になっていく感覚が好きで、しばらく続けるつもりでした。

転機は、一緒に立ち上げを引っ張ってくれていた先輩保健師の突然の退職。

「え、聞いてないけど…」が最初の感情。次に出てきたのが「先輩辞めるなら、私も辞めようかな」でした。正直なところ、このプロジェクトに対する社内の温度差や反感はそれなりに強くて、それを全部背負って引っ張ってくれていたのが先輩だった。ひとりになった瞬間、進める熱量も自信もなかった、というのが本音です。

次の転職先を考えたとき、 「行政保健師は採用試験の時期が決まっているから動きにくいし、病院はいつでも戻れる。」 「せっかく保健師として1年ちょっとやってきたし、健診の延長線として産業もいいかも。」 そう思ったのと同時に、もうひとつ正直な動機がありました。

「なんか、かっこいい」

それだけの理由で、IT企業の健康管理室への転職を決めました。

入社面接の会場は駅ビル内のカフェ。上司はトライアスロンをやっているバリキャリ体育会系の人で、「これ雑談?面接??」みたいな空気のまま話が進んで、気づいたら採用されていました。非常勤勤務だったので、こんな気軽な感じだったと思います。

さて、この「かっこいい」という動機で飛び込んだ産業保健師の仕事。実際にはどんな仕事だったのでしょうか、紹介しますね。


休職者の対応、健診返却シーズン、そして忘れられない2人

入社して最初に取り組んだのは、休職者の産業医面談の調整でした。

IT企業という職種柄、精神疾患で休んでいる方が常に5〜8人はいる状況でした。面談の日程を組んで、本人と産業医と会社のスケジュールを合わせて、必要な書類を整える。今思えば地味な作業だけど、この調整があることで休職中の社員が「ちゃんとケアされている」と感じられる部分でもあったと思います。 会社側からは仕事に来いとか頑張れとか言わなくていいから、保健師はただ寄り添う立場でいてほしいと指示もありました。

仕事の中で特に印象に残っているのは、2人のケースです。

一人目は、私の父親と同世代の部長さん。無断欠勤が続いていて、総務から「話を聞いてもらえないか」と相談を受けたことがきっかけです。話を聞いてみると、「家は出たんだけど、行きたくなくなっちゃって公園にいました」と。 親と同じくらいの年の人が仕事サボって大丈夫!?そんなことってあるの??と衝撃でした。 「家族は?何と言ってるんですか?大丈夫ですか?しっかりしてください!」と思ったものの言えず。精神科受診を勧めることしかできませんでした。その後どうなったか、私には分からないまま…

二人目は、復職してきた50歳前後の男性。総務側のスタンスは「会社に来てくれるだけでOK」だったけれど、現場のリーダーは「周りのモチベーションが下がる」と懸念を持っていました。本人は心を開いてくれたのか、出社後もちょくちょく健康管理室に顔を出してくれたけど、「仕事してるのかな?」「サボってる?」って心配でした。「保健師として、まずは会社に来ることに慣れてもらえるよう応援すればいい?」と悩んで、それ以上の答えが出なかったケースでした。

当時の私には、正解が分からなかった。組織の利益と、個人の回復と、現場のリアル。それを全部抱えながら「どう動けばいいか」を考えるのが、産業保健師という仕事なんだと感じました。 今思うと、まだ自分の中で「保健師とは?」「保健師に求められる働きとは?」って考えられていなかったんでしょう。

そして、秋になると健診結果の返却シーズンが来ます。

社員200人くらい全員と個別面談をして、ひたすらデータ入力。話すこと自体は好きだから面談は苦痛じゃなかったけど、ただただ忙しくて声が枯れた。1日に何人も面談して、全員に「この数値が少し高めですね」「生活習慣で気になることはありますか」と繰り返していると、さすがに喉がもつかどうかが一番の心配事でした。

これが1年のうちで一番しんどかった時期かもしれません。でも、この経験が私に予想外のスキルを残してくれました。


1年で得た2つのもの

1年間の産業保健師経験で得たものは、大きく2つです。

一つ目は、パソコンスキル。IT企業だったので、当時からメール中心のコミュニケーション文化が根付いていました。紙と電話がまだまだ主流だった職場から来た私には、最初は戸惑いもあったけれど、業務が進むにつれてExcelもWordもメールの書き方も、自然と身についていった。今の私がブログを書いたりデジタルツールを使えたりするのは、ここが出発点だと思っています。

二つ目は、もっと大事なもので「相手のペースで、ゆっくり話を聞く」というスキル。

休職者の面談では、こちらが焦ってはいけません。向こうから言葉が出てくるのをただ待つ時間が必要です。健診返却面談では、数値の説明より先に「最近、体調はどうですか」と聞く余白を作ることで、本人も気づいていなかった不調が出てきたりします。

正直、これが今の私の関わり方の根っこになっています。地域包括支援センターで相談に乗るとき、訪問看護で利用者さんの家に入るとき、誰かの話を聞く場面で私が大切にしていることは、この健康管理室で身についたものです。

「たった1年」と言われるかもしれないけど、1年でもこれだけのものが残りました。それが産業保健師経験の正直なところです。


産業保健師が向いてる人・向かない人

1年働いてみて、「この人には向いているな」「この人にはちょっとしんどいかも」と感じた特徴があります。あくまで私個人の感覚ですが、参考になれば。

向いていると思う人

一つ目は、「じっくり関わりたいタイプ」の人。病院は入院期間が限られていて、どうしても短期的な関わりになってしまいますが、産業保健師は、同じ社員と何年も関わることができます。1年目に健診で引っかかった数値が、3年後にどう変わったか追える。その継続性が好きな人には合っています。

二つ目は、「組織の中で動くのが苦じゃない人」。会社という組織の中で、総務とも産業医とも現場マネージャーとも連携しながら動く必要が出てきます。関係各所に気を配りながら調整していくのが苦にならない人は向いている仕事です。

三つ目は、「話を聞くのが好きで、でも答えを急がない人」。産業保健師が扱うのは、答えの出ないケースも多いです。メンタル系の相談はとくに。「よし、解決した」と感じることが少なくても大丈夫、という人の方がストレスは少ないでしょう。

向かないかもしれない人

一つ目は、「目に見える成果を感じたい人」。点滴して数値が変わる、処置して傷がふさがる、というわかりやすいアウトカムが産業保健師にはほとんどありません。変化はゆっくりで、見えにくい仕事です。

二つ目は、「動いていたい人」。実際のところ、産業保健師業務ははほとんどデスクワーク。会議や書類作業や調整の時間が長くて、体を使って動く場面は病棟より圧倒的に少ない環境です。

三つ目は、「一人が苦手な人」。職場によっては保健師が1人配置のことも多く、判断を一人でしなければならない場面が出てきます。孤独感を感じやすい環境だと思いました。

自分がどちらに当てはまるか、ぜひ考えてみてください。どっちでもない、グレーゾーンにいる人は、きっと実際にやってみるまで分からないと思いますが、それも一つの正解だと感じます。


支社トップが倒れた日に、私は何もできなかった

産業保健師として働いていた1年の終わりに、忘れられない出来事があった。

私がお世話になっていた支社総務のトップが、病気で休職しました。トライアスロンをやっている上司とは別の人で、私と先輩保健師がうまくやっているかを気にかけてくれていた、穏やかで優しい人でした。初めて本社へ出向くときに、わざわざ一緒に着いてきてくれたことを覚えています。

知らせを聞いたとき、その方は腸が破裂した」と言っていました。

当時の私は「腸が破裂…? どんな病気??」が精一杯でした。

今ならもっと違う言葉が出ていたと思います。腸閉塞? 全麻でオペしたの? 人工肛門になっている可能性は? 食事制限はどう? 日常生活で気をつけることは? 退院後のサポートは必要? そういう問いが自然に浮かびます。

でも、当時の私には何も浮かびませんでした。「大変だったんですね」としか言えなかったんです。 ほんと、保健師失格…

保健師として仕事はしていたはずなのに、なぜ私は何もできなかったのか。一般の人が看護職に求めているのは、結局のところ医療的な知識や技術なんだ。だったらそこをちゃんと身につけたい。

そう思って、看護師に戻ることを決めました。

産業保健師の1年が終わった理由は、この無力感からです。


「今の私に一言言えるなら」と、あなたへの一歩

産業保健師を1年で離れた私が、当時の自分に声をかけるとしたら。

「そこで感じた無力感、ちゃんと覚えておいて。それが後から絶対に役に立つから」と伝えたい。

あの出来事があったから看護師をやる決断ができて、急性期病棟で4年半働いて、訪問看護で8年かけて在宅の現場を学んで、今の地域包括支援センターに辿り着きました。産業保健師の1年は、私の中では決して「遠回り」じゃなく、むしろ今の働き方を選ぶための、必要な経由地だったと思っています。

産業保健師に転職しようか迷っているあなたへ。

やってみたいなら、やってみてほしい!合わなかったら戻ればいい。看護師免許は逃げないし、臨床経験は消えない。 「とりあえず1〜2年やってみる」という気軽さで飛び込んでも良いと思う。先方は迷惑でしょうが。

正直なところ、産業保健師の仕事は「ゆっくり、じっくり、見えにくい変化を積み重ねる仕事」。すぐ結果が出ないことに焦る人には向かないかもしれない。でも、そのゆっくりさの中に、確かな意味があると私は感じています。

もし今、夜勤で消耗していて「他の選択肢を探したい」と思っているなら、産業保健師はその「他の選択肢」のひとつに十分なりえます。検索して調べるだけじゃなく、転職エージェントに話を聞いてみるだけでも、見える景色が変わるかもしれません。

一歩だけ、動いてみてほしい。


私が産業保健師を経て看護師に戻り、その後の病院・訪問看護・地域包括のリアルも、このブログで順番に書いていく予定です。「次が気になる」と思ってくれたら、ぜひXでフォローしてもらえるとうれしいです。